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否定(ない、ん、へん)のアクセント


動詞を否定する助動詞には、「ない」、「ん」、「へん」の三つがあります。これらの助動詞がついた場合、違ったアクセントになります。

動詞に「ない」がつく表現は、大阪弁ではあまり使われません。しかし、共通語であり、改まって言うときには使われることあるのでここに示します。

「ん」は、まず、否定の助動詞「ぬ」があり、これが「ん」に変化して今の大阪弁となっています。「ん」は活用しませんので、助動詞というより助詞と考えた方が良いかもしれません。

また、「へん」は、「〜はせぬ」が「〜はせん」となり、「〜へん」と変わったものと思われます。「へん」も活用しませんので、助動詞というより助詞と考えた方が良いかもしれません。「へん」は、現在の大阪で、否定表現で最も良く使われています。

(1)「ない」「ん」「へん」の活用形

未然
連用
終止
連体
仮定
命令
接続
  なかっ・た[●○○・○]
なく・て[●○・○]
ない[○○] ない・とき[○○・●○] なけれ・ば[●○○・○]   動詞の未然形につく
  なん・だ[○○・○]
ん・で[○・○]
んかっ・た[●○○・○]
ん[●] ん・とき[○(●)・●○]     動詞の未然形につく
  へんなん・だ[○○○○・○]
へん・で[○○・○]
へんかっ・た[○○○○・○]
へん[○○] へん・とき[○○・●○]     動詞の連用形につく

なお、仮定表現としては、通常、「なかったら」「なん・だら」「んかっ・たら」「へんなん・だら」「へんかっ・たら」を使います。
また、命令表現としては、保留の助動詞「とく」を伴って、「んとき」「んとけ」を用います。



(2)「ない」がつく場合・・・動詞は未然形となります。(共通語に同じ)

平板型アクセントの動詞・・・アクセントは変わりません。

活用形
2音節
[●●]
3音節
[●●●]
4音節以上
[●●●●]
五段活用語 [●●・○○]言わ・ない [●●●・○○]思わ・ない [●●●●・○○]行わ・ない
上一段活用語 [●・○○]居(い)・ない [●●・○○]出来・ない [●●●・○○]滅び・ない
下一段活用語 [●・○○]得・ない [●●・○○]越え・ない [●●●・○○]与え・ない
カ行変格活用語
サ行変格活用語 [●・○○]し・ない



尻上がり型アクセントの動詞・・・アクセントは変わりません。

活用形
2音節
[○●]
3音節
[○○●]
4音節以上
[○○○●]
五段活用語 [○●・○○]会わ・ない [○○●・○○]歩か・ない [○○○●・○○]もたらさ・ない
上一段活用語 [●・○○]見・ない [○●・○○]悔い・ない [○○●・○○]用い・ない
下一段活用語 [●・○○]出・ない [○●・○○]見え・ない [○○●・○○]答え・ない
カ行変格活用語 [●・○○]来・ない
サ行変格活用語 [○○●・○○]察し・ない、命じ・ない



例外:頭高型アクセントの動詞・・・平板アクセントに変化します。

活用形
2音節
[●○]
五段活用語 [●●・○○]居(お)ら・ない


(3)「ん」がつく場合・・・動詞は未然形となります。

平板型アクセントの動詞・・・動詞のアクセントの位置は変わりません。

活用形
2音節
[●●]
3音節
[●●●]
4音節以上
[●●●●]
五段活用語 [●●・●]言わ・ん、あか・ん [●●●・●]思わ・ん [●●●●・●]行わ・ん
上一段活用語 [●・●]居(い)・ん [●●・●]出来・ん [●●●・●]滅び・ん
下一段活用語 [●・●]得・ん [●●・●]越え・ん [●●●・●]与え・ん
カ行変格活用語
サ行変格活用語 [●・●]せ・ん



尻上がり型アクセントの動詞・・・アクセントの待機が生じます。

活用形
2音節
[○●]
3音節
[○○●]
4音節以上
[○○○●]
五段活用語 [○○・●]会わ・ん [○○○・●]歩か・ん [○○○○・●]もたらさ・ん
上一段活用語 [○・●]見・ん [○○・●]悔い・ん [○○○・●]用い・ん
下一段活用語 [○・●]出・ん [○○・●]見え・ん [○○○・●]答え・ん
カ行変格活用語 [○・●]来(こ)・ん
サ行変格活用語 [○○○・●]、察し・ん、命じ・ん



例外:頭高型アクセントの動詞・・・平板アクセントに変化します。

活用形
2音節
[●○]
五段活用語 [●●・●]居(お)ら・ん


(4)「へん」がつく場合

「へん」がつく場合には、「ない」とはかなり異なる変化をし、アクセントも異なります。
基本的に、「へん」の前は、「エ」行の音に変化する傾向にあります。五段活用語であれば「命令形」に、下一段活用語は「未然形」になります。しかし、上一段語は元来、「エ」行の活用がありません。「イ」の音に「へん」を付けるとかなり落ち着かない感じがするため、大阪弁では「イ」の音を「エ」に置き換えることが行われます。

ちなみに、京都弁では、全て未然形に変化し、イ行の音には、「ひん」を使います。この京都弁的な活用法は、大阪でも用いられることがあります。
ここでは、大阪弁的活用形を上段に、京都弁的活用形を下段に示すことにします。

それから、上一、下一段の2音節語では、「へん」の前が1音では落ち着かず、伸ばして発音します。1音で発音することはありません。


平板型アクセントの動詞・・・「へん」の前の音を下げます。

活用形
2音節
[●●]
3音節
[●●●]
4音節以上
[●●●●]
五段活用語 [●○・○○]言え・へん、行け・へん、押せ・へん、呼べ・へん、死ね・へん、売れ・へん、あけ・へん
京:言わ・へん、行か・へん、押さ・へん、呼ば・へん、死な・へん、売ら・へん、あか・へん
[●●○・○○]思え・へん、動け・へん、癒せ・へん、育て・へん、浮かべ・へん、歩め・へん、帰れ・へん
京:思わ・へん、動か・へん、癒さ・へん、育た・へん、浮かば・へん、歩ま・へん、帰ら・へん
[●●●○・○○]行え・へん、近づけ・へん、潤せ・へん、喜べ・へん、悲しめ・へん、儲かれ・へん
京:行わ・へん、近づか・へん、潤さ・へん、喜ば・へん、悲しま・へん、儲から・へん
上一段活用語 [●○・○○]居(い)や・へん、着(け)ぇ・へん
京:居(い)ぃ・ひん、着(き)ぃ・ひん
[●○・○○]出来(け)・へん、借り/借れ・へん
京:出来(き)・ひん、借り・ひん
滅び/滅べ・へん[●●○・○○]、試み・へん[●●●○・○○]
京:滅び・ひん[●●○・○○]、試み・ひん[●●●○・○○]
下一段活用語 [●○・○○]得ぇ・へん、寝ぇ・へん [●○・○○]越え・へん、明け・へん、乗せ・へん、埋め・へん、入れ・へん [●●○・○○]与え・へん、助け・へん、隔て・へん、比べ・へん、集め・へん、あふれ・へん
カ行変格活用語
サ行変格活用語 [●○・○○]せぇ・へん
京:しぃ・ひん



尻上がり型アクセントの動詞・・・アクセントは変わり、「へん」の前が1音節の語は、頭高となり伸ばして2音節のように発音、「へん」の前が2音節の語は、「へん」の前の音を高く発音、「へん」の前が2音節の語は、「へん」の2つ前の音を高く発音。

活用形
2音節
[○●]
3音節
[○○●]
4音節以上
[○○○●]
五段活用語 [○●・○○]会え・へん、裂け・へん、出せ・へん、打て・へん、住め・へん、有れ・へん、折れ・へん
京:会わ・へん、裂か・へん、出さ・へん、打た・へん、住ま・へん、有ら・へん、折ら・へん
[○●○・○○]歩け・へん、活かせ・へん、遊べ・へん、作れ・へん
京:歩か・へん、活かさ・へん、遊ば・へん、作ら・へん
[○○●○・○○]もたらせ・へん、とりまけ・へん
京:もたらさ・へん、とりまか・へん
上一段活用語 [●○・○○]見(め)ぇ・へん(見ない)
京:見(み)ぃ・ひん
[○●・○○]悔い・へん、生き/生け・へん、閉じ/閉ぜ・へん、満ち/満て・へん、降れ・へん
京:悔い・ひん、生き・ひん、閉じ・ひん、満ち・ひん、降り・ひん
[○●○・○○]用い・へん、生じ/生ぜ・へん
京:用い・ひん、生じ・ひん
下一段活用語 [●○・○○]出ぇ・へん [○●・○○]見(め)え・へん(見えない)、受け・へん、むせ・へん、混ぜ・へん、立て・へん、食べ・へん、誉め・へん、触れ・へん [○●○・○○]答え・へん、ささげ・へん
カ行変格活用語 [●○・○○]来(け)ぇ・へん
京:来ぃ・ひん
サ行変格活用語 察せぇ・へん[○○●○・○○]、命じ・へん[○●○・○○]
京:察しぃ・ひん[○○●○・○○]、命じ・ひん[○●○・○○]



例外:頭高型アクセントの動詞・・・アクセント変化は生じません。

活用形
2音節
[●○]
五段活用語 [●○・○○]居(お)れ・へん
京:居(お)ら・へん


下一段活用の可能動詞(言える、行ける、押せる、呼べる、死ねる、売れる、思える、動ける、歩める、帰れる、行える、近づける、潤せる、喜べる、悲しめる・・・会える、出せる、住める、折れる、歩ける、遊べる、作れる・・・)には、「へん」をつけると、五段活用語(言う、行く・・・会う、出す・・・)に「へん」をつけるのと同じ形になってしまうので、大阪弁では下一段活用の可能動詞に「へん」をつけることはできません。(京都弁は可能です。)(また、「見える」だけは、「見えへん」が可能で、「見る」に「へん」がついたものとは、アクセントで区別します。)

この場合には、五段活用語に可能を表す係り副詞(よう[●●])+未然形+「ん」で表し、(よう言わん[●●・●●・●]、よう行かん、よう押さん、よう呼ばん・・・よう会わん[●●・○○・●]、よう出さん)などのように言うか、又は、可能の助動詞「れる」を用いて、(言われへん[●●・○・○○]、行かれへん、押されへん、呼ばれへん・・・会われへん[○●・○・○○]、出されへん・・・)などのように言います。

なお、京都弁の場合には、この点が異なります。五段活用動詞「言わない(言わへん)」、下一段活用可能動詞「言えない(言えへん)」となり、大阪弁とは異なる活用をしますので、可能動詞に「へん」をつけることが可能になるわけです。関西人が「言えへん」と言った場合、「言えない」のか「言わない」のか、その人が京都人か大阪人かによって意味が違うのでご注意を。